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天気の子を見てきました。子どもと大人の社会に対する反抗期のお話でした(盛大なネタバレしつつなので要注意)

天気の子を見てきました。個人的には凄く面白かったです(実は君の名は。は一度も見てなかったりするので、落ち着いてからAmazonビデオでレンタルしようかなと思ってます)

ただ、この作品は見た人によって賛否両論だったりするようです。
最初はえ? なんで? と思いましたが、見てる人間の立場によって、その辺の評価が変わるのかなぁ、と感じた次第です。
個人的には愚かしくも尊い、人々が抱く社会への反抗心、思春期的には反抗期の少年少女、或いは大人達を描いている作品だと思いました。

主人公である帆高は、神津島に住む少年で、家出をして東京へとやってきます。
多くの理由は語られませんが、家に戻りたくない、というのが強調して描かれているので、単なる反抗期による家出と捉えるのが普通だと思います。

なんか嫌だ、あそこにいたくないから逃げる(家出する)。
だったらこの先どうするの? 何か計画性があって家出したの? ってなると、全く以てそんなことはなく、ほぼほぼ反抗期を拗らせて家出を決行しただけの、端から見れば我儘、自分勝手な少年です。
ただ、彼にとっては重要な意味があり、重大な決断のつもりで、周りに迷惑を掛けている自覚もしていないぐらいの幼い子でもあるようでした。
多分、この辺りで帆高の気持ちが理解出来る人、出来ない人によって意見が分かれてくると思います。

当然、社会はそんな幼い、稚拙な反抗期の帆高に牙を剥きます。
身分証がなければ宿泊施設等の利用も困難、バイトも出来ない(そもそも15歳でバイトは無理)、子どもが持つお金などみるみるなくなり、瞬く間に貧困し、ホームレスになってしまいます。
東京って怖いと彼は言いますが、東京というか社会が一人で暮らそうとする子どもにとって残酷なのです。

しかし、それは社会的には正しいのです。
子どもは保護者の庇護下にいなくてはならず、年齢の適さない子どもが仕事が出来るようになった社会は恐ろしいものです。
それこそ何も知らない子どもを食い物にする汚い大人達の餌食になってしまいます。それは、そんな子ども達を守るためのシステムと言えるでしょう。

しかし、反抗期で家出をしてきた帆高にとって、その社会は敵そのものだったと言えるでしょう。
自分の思い通りにさせてくれない、ただ家を出て生活したいだけなのに。そのささやかな願いは社会的にはアウトであり、それの自覚もないまま彼は翻弄されてしまいます。

ヒロインである陽菜も同様でした。
母親を失い、保護者がいない家で弟と二人暮らし。
何故保護者が居ないのに行政に頼らないのかは、施設に行けば姉弟離れ離れになってしまうから。
二人にとって、姉弟で一緒に過ごすことが前提であり、離れ離れになって過ごすことは考えられないことでした。

しかし、言わずもがな、社会はそれを許してくれるはずなどありません。
彼女は帆高と同じ14歳(作中で15歳に)、弟の凪も小学生。その二人暮らしはどう考えてもアウト。しかし、二人はそれを頑なに守ろうとします。
これも、帆高とは少し違うものの、社会に対する反抗期と捉えることが出来るでしょう。

無論、金銭を稼ぐのは陽菜の役割になります。中学3年生で義務教育を受けなくてはいけない子がバイトなんて出来るはずもありません。
なので、年齢詐称をして18歳を語り(帆高にも自己申告は18歳)バイトをし、それが発覚してクビになったあとは、纏まったお金を手に入れるため、風俗に足を踏み入れようとしていました。

やばいですよね、未成年の義務教育を受けていない子が風俗を選択しなきゃいけない恐ろしさ。
しかも、キムラ(風俗に誘った男)はおおよそ、彼女の実際の年齢は理解していた節がありました。
上記で語った、社会が子どもを食い物にする典型です。帆高が妨害したので事なきを得ましたが、帆高が邪魔しなければ確実に陽菜は性風俗に従事することになってたのは間違いないでしょう。絶対に薄い本が出る。間違いなく。私には分かるんです。


最終的に帆高が頼った須賀圭介は大人として社会の流れに準じようとした男性でした。
ルポライターとして安定しているとは思えない生活の中、娘の養育権を恐らく義理の母に取られ、満足に娘と出会えない日々を送っていました。
妻を病気で失ったそうで、そこから義理の母が何やかんや理由を付けて娘を奪い取ったような印象があります。

タバコや酒を飲む。それは子どもを育てる環境してどうなのか。
まぁ、理解は出来ます。自分もタバコも酒の飲まないので、それを忌避する気持ちは理解出来ます。
しかし、社会はそれらの(他にも要因はあると思いますが)理由で実の父親と娘を引き離しています。彼も社会に牙を剥かれた側です。
それから彼は社会に反抗することなく、それらの良識に沿って行動しているように見えます。酒とタバコも止めた。それは娘の養育権を取り戻すため。
しかも向こうは酒や煙草を吸ってそうな顔をしているように見える、というだけで娘に会わせようとしない。理不尽なことこの上なし。
それでも彼は逆らいません。大事な人を取り戻すため、反抗期を捨てて『大人』になった人でした。

彼の姪である夏美は圭介の事務所を手伝いながら、しかしこの事務所に見切りをつけ(まぁ儲かっているように見えないし)、就職活動に勤しむ女子大生でした。

いつもは女性らしい、ちょっと露出して胸を見せたりする服を身にまとう彼女も就活ではスーツを身に着け、社会に合わせた格好で御社が第一志望ですと主張する。
しかし言わずもがな、昨今の就活は厳しい。 採用してくれるところはどこもなく、彼女も就活という形で社会に牙を剥かれた側になりました。

そういう意味では、主要な登場人物たちは社会に牙を剥かれた側であり、それに歯向かう者、従う者の様子が描かれていました。
しかし、牙を剥いた社会の方が、基本的に正しいのです。しかし、作中では基本的にその社会性は敵としての描写が往々にして感じられました。

また、社会性の敵としての象徴が警察として描かれます。
家出をし、ひょんなことから拳銃を見つけ発砲してしまった帆高は明確に社会の敵となりました。
行方知らずの少年が拳銃を持っている――端から見れば、空恐ろしい事実ですよね。一般人はビビりますよ逃げますよ。
それがどれほど重大なことなのか、帆高は多分正確には理解していません。だから、警察にそこまで執拗に追いかけてくるのも、自分の邪魔をしてくる存在、ぐらいの認識以上は多分持っていない感じでした。

陽菜がいなくなり、彼女を取り戻すための最大の障害として警察が出てきますが、普通に考えなくても警察が正しいんです。社会が正しいんです。
拳銃所持の疑いのある家出少年なんか、放置するはずもないのです。
しかし、帆高にとってはその社会性はようやく見つけた自分の目的を阻害する敵そのものでした。

端から見れば、身勝手自分勝手で社会を引っ掻き回す、反抗期の少年。
しかし彼からすれば、社会は最初から、そして最後も自分の大切な人を取り戻す際に邪魔をする最大の敵でした。

また、社会はまた別のところで彼を嘲笑します。
浸水した線路に侵入し、廃ビル屋上の鳥居へ向かおうとする少年の様子を、社会は応援するはずなどありません。
線路侵入は重大な違反であり、それを見かけた現場の人達は静止を呼びかけ、彼を見た一般人は彼をバカにします。
何やってんのww あれ逮捕されるんじゃねww そんな感じで写メか動画を撮る人達も。
社会の彼に対する評価はそんなものでした。
帆高にとって好きな人ともう一度会いたいという切なる願いは、社会にとっては馬鹿な行動にしか見えていませんでした。
でもまた、それも正しいのです。

話の流れは前後しますが、夏美は帆高の逃亡を協力します。
警察署から逃げた彼を原付きに乗せたのは立派な逃亡の幇助、社会的には犯罪です。
そうなれば、犯罪歴が付いて、就活もままならなくなるのも必至です。

しかし、夏美は帆高に協力します。
元々、就活の時も無理に合わせていた感もありましたし、何だかんだで社会に反抗することに抵抗はあまり感じませんでしたかね?
陽菜を助けるため、社会に逆らう帆高はそこまで深く考えてなく、自分の想いのまま行動している稚拙な少年です。そんな少年を手伝う彼女は、彼を羨ましく感じているのかもしれません。

最後、帆高は圭介と廃ビルに対面します。
警察に追われている彼を説得するため、陽菜(一人)の犠牲によって東京の天候が正常になるなら、それのほうが良い。彼は社会側の人間でした。
そりゃそうです。変に社会に反抗したら、彼は娘を取り返す機会を失うのです。また、一人の犠牲で世界が救われるのならその方がいい。それは世界の仕組みを知った上での、社会代表としての答えだったでしょう。

『大人になれよ』と彼は言います。
我儘で家出をし、拳銃を所持発砲する彼は社会の敵。
また、取り戻そうとする陽菜が犠牲になった方が世界は平和になる。

それでも彼は社会に歯向かい、陽菜さんに会いたいという純粋で愚かしい言葉を口にする。
帆高は最初から最後まで、子どもでした。ほぼほぼ成長してないと言っていいでしょう。

けれど、最終的にそんな子どもが社会の象徴である警察に組み伏せられ、手錠を掛けられた時、圭介は全てをかなぐり捨て、『帆高に触るな!』と言って刑事に体当たりをします。
社会に従い続けてきた彼が、全てを失うことを分かって最後の最後で反抗したのです。

何処までも愚直に子どもだった帆高に感化されたのかもしれません。
彼も、社会に押さえつけられて従ってきた人間でした。だからこそ、何処までも社会に逆らう幼稚な彼を手助けしたいと思ったのかもしれません。まぁその辺も憶測に過ぎませんが。


その流れで、帆高が天候なんて狂ってても良い、陽菜が戻ってきてくれたらそれでいい! という選択を選ぶのは、全然おかしくないと思うのですよ。
だって、彼にとって社会は敵なんです。彼にとって大切な人は陽菜なんです。天秤にかけようもないんです。社会が一体何度彼を救ったというのか。救ってません、終始敵として立ち塞がりました。
そして彼は我儘な反抗期な少年ですよ、世界を選ぶ理由なんてあるはずありません。
社会が晴れで笑顔になるのだと理解しているとしても、選択なんて一つしかないんですよ。

ここで帆高の選択に疑問を抱く人は、社会性に準じた人間なのでしょう。
ここで帆高の選択を良しと感じる人は、彼の幼稚な反抗期の気持ちを理解出来る人間なのでしょう。
そこでの感じ方に間違い、正しさはないと思います。監督的には社会性を敵として扱っている気はしますが、視聴側の感じ方は自由でしょうからね。


結局、彼らの反抗は最終的に社会に押し潰されました。
帆高の家出は終わり、家に帰されました。
陽菜は姉弟で暮らしたいという願いは叶えられず、別々の施設で暮らすことになったでしょう。
圭介も結局逮捕され、養育権を得るのも絶望的になったでしょう。
夏美も就活は絶望的になったに違いありません。
彼らの行動は、その殆どが無為になりました。

取り戻したのは、陽菜だけでした。
そして、彼らの稚拙な社会への反抗は、確かに世界の在り方を変えました。

しかし、世界はそれぐらいじゃ終わらないし、彼らも何だかんだで元気な生活を送っていました。
だから、これからもきっと大丈夫という言葉が最後に出てくるのだと思います。


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